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埼玉土建の歴史と活動⑬~国民的要求で共同の前進-歴史と伝統をうけつぎ階級的ナショナルセンターを結成

【埼玉土建本部】

つぶやき

不定期で、埼玉土建の歴史と活動(ダイジェスト)を紹介していきます。
皆さんに埼玉土建の事をもっとよく知っていただけると嬉しいです。

【第13回】国民的要求で共同の前進③

歴史と伝統をうけつぎ 階級的ナショナルセンターを結成

埼玉土建など民主的・階級的労働組合は、政治の反動化と労働戦線の右傾化に反対し、統一と団結の強化をかかげ、労働者の要求を実現する労働組合運動をめざし、たたかいました。
1980年(昭和55)1月、埼玉統一労組懇(埼玉県統一戦線促進労働組合懇談会)を結成し、健保闘争をはじめ数々のたたかいをすすめ、労働組合のセンターとしての機能を高めてきました。

革新民主勢力の前進に危機感をつのらせた政府・財界は、70年代後半から「自由社会を守れ」の反共キャンペーンを開始し、労働組合や野党に分断や変質をせまる反動的な攻撃を加えはじめました。政治のうえでは、80年1月、「社公連合政権合意」によって、社会党は安保・自衛隊容認など基本政策を180度転換し、日本共産党をのぞく「オール与党体制」がつくられ、労働組合運動は、右傾化を一段と加速させ、労働戦線の「右翼的再編」がすすめられました。

労働界全体を「右より」に再編・統一しようとするなか、日本の労働運動の積極的なたたかいの歴史と伝統を受けつぎ、89年11月、全労連(全国労働組合総連合)を、新しいたたかうナショナルセンターとして結成・確立しました。埼玉では、ローカルセンターとして埼労連(埼玉県労働組合連合会)を結成し、全労連に加盟しました。
埼玉土建は、この歴史的事業において中心的組合として役割を担いました。埼玉に埼玉土建を結成し、大きく発展させてきたことが、その保障となったのでした。

1989年(平成1)11月、総評などが解散し、連合(日本労働組合総連合会)が結成されます。連合はその綱領的文書で反共主義、労資協調主義という特定の路線・理念をかかげ、選別結集をはかりました。そのため結成祝賀パーティには、自民党政府閣僚らがかけつけ、経団連会長らも勢ぞろいし、政財界あげて歓迎されました。
全建総連は、この労働戦線再編のなかで、加盟組合の統一と団結のため、第22回大会(81年)で決めた労働戦線「統一4原則」にもとづき、いずれのナショナルセンターにも加盟しないことを確認して運動をすすめてきています。

全労連結成大会(1989年11月21日、日比谷公会堂)

組織の飛躍的前進、拡大運動の大衆的発展

80年 代 に 埼 玉 土 建 は、 1 万2500人(1980年5月)から、5万6046人(1991年3月)へと大きく飛躍しました。このことは組合員と家族と、全国の労働組合・民主団体を励ますものとなり、埼玉土建の影響力と社会的信頼を大きく高めるものとなりました。
この要因は、健保闘争をはじめとする運動と組織を、仲間に見えるようにたたかい、組合への結集を高めたこと、要求とたたかう目標を明らかにし、たたかいの成果を制度・メリットとして定着させ、それらが仲間のなかでの安心や生活をつくりあげてきたこと、役員集団の団結した運動などによるものです。

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